お墓参りで「生命論」のお話

9月の或る佳き日に義父のお墓参りをしました。
義父は何となく元気でいるようです。そんな感じがしました…。

今回は「そんな感じがした」と言うお話です。
ある意味とても「お伽噺(とぎばなし)」チックですが、若し興味のある方は読んでください…。

〇   〇   〇

曇りがちの時折襲う小雨に顔をしかめながら、お墓までの水運び。
柄杓(名前は知らない)でお墓にお水をかけます。
若干寒いような、でも変に蒸してもいる微妙な天気です。

炎天下でのお参りよりも何となく良さげな、自分にとっては適度に絶好なお日より…そんなよく分からない中途半端な日の、妻と二人の厚田戸田墓苑参りです。
義父の墓前で妻と勤行、唱題。十如是を4回もやってしまい妻に注意を受けましたが、まあまあ何とか無事に終了。義父も喜んでいる様に見えます。

型通りと言えば言えますが、こんな状況がこれから何度か続くのでしょう。
その間、義父の新しい生命は徐々に大きくなっていくはず。
若しかして学会の少年部になっているかも……。

永遠の生命観

仏法では、個としての生命は永遠に生死を繰り返すと説きます。
死から次の生への日取り(年数)は多分人それぞれなんでしょうが、想像するに数年程度も経てば次の新たな生命活動に移ってくのではと、私はそう考えています。

池田先生がスピーチで時折こんな事を話されていました。

人間は死ぬと、宇宙の何処かに存在する文明の場所まで瞬時に移動して、そこで新たな生活をする。牧口・戸田両先生も、今頃王家の王子に生まれて仏法を拡げ…云々」

妻も同じ考えをたまに開陳(かいちん)します。

しかし私は、いかな池田先生の話であろうとも、この話には異論を持ち続けている、そんな人間です。
生命論」に関しては何の異議も持ちませんが、問題は「瞬時」という言葉。
瞬時」に遠くの文明に行くと言う話には、どうしても反対せざるを得ません。
物理法則を無視した生命論は認める訳にはいかないのです。
例え先生の言葉だとしても…。

  • 現代科学論(意外に科学的ですよ)

どんな物体でも光速は越えられません。
これは宇宙の「基本原理」と言われているもので、天才アインシュタインの遺言です。
現代は、その遺言(原理)の上に立ってこその21世紀文明なのです。そこから外れると、科学文明の完全崩壊となります。
信心から離れると苦労の連続になる事と、多分同じです。

他の話はともかく、今現在「~王子として生活…云々」には異論を持ちます。
新たな生命として生まれるには、ある適度な時間が必要な事がこの話には盛り込まれていません。
それが気に入らないのです…。

故に整合性を取る為に、私は先生の話をこう解釈します。

仏法上で言う「」は、「ビッグバン~ビッグクランチ」の間として、そのサイクルが永遠に続いていると考えます。
宇宙そのものの「生老病死」を考えると、この話はそんなに間違っているモノでもありません。
無始無終」とは、ビッグバン理論の解釈の上に乗って初めて可能となります。

個人としての生死は、冥伏中(死の状態)の「生命場」が「物質」と「融合」して「」を受けて生活を営み、そして再度「」を迎えて(物質と分離)宇宙に戻っていく、と言う繰り返しが生命の在り方だと考えます。(個の生老病死)

さて、(ある量子力学的な)「生命場」(生命の元)も、我々の宇宙の物理法則からは決して抜け出すことは出来ません。
どんな物質も量子的な「質量確保」は当然だと思われます。
故に、「生命の場」が次の生活の場所まで移動するのには、どうしても「移動時間」が必要になってきます。

E=MC2 の数式から言うと、(質量を保持した)「生命場」の移動速度がC(光速度=30万㎞/S2)に近付くほど、持っているM(質量)の「見かけ上」(相対論的な)質量は「無限大」に近付きます。
重さが無限大だと1㍉も動くことが出来ません。

生命場」も30万㎞以下の速度の移動にならざるを得ないのです。
で…次の「」の場所(文明)がすぐ近くにあるならともかく、かなり遠くだと行き着くまでにはまだまだ時間がかかると言う理屈となります。
故に各先生方も、今もまだまだ宇宙空間を移動中という事です。

更には他の問題もあります。

  • 銀河ハビタブルゾーン

…地球を中心にして半径10光年ほどの空間には、何十個かの星(星系)が存在するようです。
若し、その中の一つにでも先生達の境涯に合致した「文明」が見つかれば幸運でしょうけど、しかしそんな事は何となく無さそうに思えます。

銀河(天の川銀河)は円盤状の形をしていて、直径は大体10万光年(光で10万年かかる距離)、厚さは千光年ほどだと言われています。
銀河全域には大体数千億個程の恒星系(太陽系)が含まれると言われていますから、まあ想像上の計算で言うと、その中の0.1%程度に文明らしきものが発達しているとして、約1億個の文明世界がこの我々の天の河銀河の域内には存在していると想像出来ます。

さて、生命が死を迎えて次の生を迎える場合、当の「生命場」がお隣の文明までに行き着くまでには最低でも数百年程度、またはそれ以上かかりそうに思えます。
何故なら、銀河全域に「満遍なく」生命の存在出来る恒星系が広がっているとは言えないからです。

加えて、銀河の「ハビタブルゾーン」というものが存在します。
簡単に言うと「生命生存可能宙域」。
熱や宇宙線その他諸々の生命に危険なものの少ない宙域という事です。

身近で言えば太陽系の中で人間にとってのハビタブルゾーンは、1天文単位(1億5千万㎞)の距離に存在するこの地球だという話です。
これ以上離れても極寒の世界だし、近すぎると蒸し風呂世界です。
この生命に適度な環境域が、我々の銀河宙域にも存在しています。

銀河の中心部は明かりが強くて良さげに見えますが、でも存外に住み辛(づら)い場所です。
何故なら銀河中心部には超巨大ブラックホールが存在するのです。
その影響で強烈な放射線が照りまくっています。
生きて行くには若干の辛さがあるようです。

我が太陽系は銀河の端っこの方(辺境域)にあります。
この辺鄙(へんぴ)さは生命居住場所としては結構良い様です。

すると、銀河内で文明の存在する場所は大体決まってくることになります。
銀河ディスク(円盤状)の周辺に帯状に存在するハビタブル域です。

環境の良い銀河周縁域の長さを、小学校の算数で概略求めてみます。

2πr=2×5万光年×3.14=314000光年(距離)

これが天の川銀河で生命の文明が発生していそうな周辺の長さです。これに立体計算を加えるとそのデカさ(広大さ)が判ってきます。
…偉く大変です。
本当は、どれぐらいの割合でまともな文明があるかどうかは判りませんけど(ここまで来ていい加減な話ですが)、一つの文明を探し出すのには、例えば数千年ぐらいはかかりそうにも思えます。(要するに数千光年宙域を探す訳ですから)

因(ちなみ)にこの事は簡単に考えないようにすべきです。
1光年は大体9兆kmなのです。
エライ距離です。
日帰りで往復出来るようなそんな距離ではありません…。
光は1年かけてやっとこの距離を走ります。
それ以上のスピードは、上述の通り物理的に不可能です。(最低速度が光速というタキオン粒子が理論的な形としては存在しますが、飽くまでもそれは想像上の産物です)

こう考えると、生命は生死々々と繰り返すことは事実だとしても、意外に我々の「生命活動のフィールド」(生死の繰り返しの場所)は、地球上「だけ」に限られているのではないのかと、そう思ってしまいます。
何故なら、仏法上の「境涯」や「眷属」と言う考え方から言うと、同程度の境涯の眷属連中は大体同じ様な場所に屯(たむろ)するのが、生命の習性の様にも思えるからです。

…要するに地球人、そして全生物同志はお互い眷属仲間です。
我々は何億年という年数の間仲良く「一緒に」居続けているのかも知れません。

牧口・戸田先生ぐらいだと「上位の境涯文明」に引っ張られるのかもしれませんが、我々程度の凡人連中はまだまだ数百・数千年ほどはこの地球上で頑張らねばならないだろうと、何となくそう想像しています…。

  • 回向とは…

……そんなこんなの想像をしながらの、今回のお墓参りでした。

考えてみると、仏法上での回向とは、要するに「死の仏」(冥伏した生命場)に対して自分の功徳を送るという意味も勿論あるにしても、もっと本源の処からすると、結局今現在生きている様々な眷属仲間(生の仏)に対する、非常に身近なやり取りなんだと言えそうに思えてきます。

先生の話にこんな内容のものがあります。

学会草創期で戦い抜いた人々は、今度新しい生を受けて、いま全世界でのSGIの草創期を作っているんだよ」(要旨)

とても深い、そして考えさせられる言葉です…。

近親者、友人、親しい人が亡くなったと言う経験は確かに悲しいし、寂しい事だと考えます。
また、何年間もその思いに囚われている人もいるでしょうけど、でも、意外にそんなに思い煩(わずら)う必要はないのではないのでしょうか…。
上述で縷々(るる)説明した「眷属」「境涯」という意味から考えて、同類同士は屯(たむろ)すると言うのが「法則」なら、再度生まれてくる場所はこの地球(更には「近所」)以外にありません。
この場所以外に行く所がない訳ですから、当然の話です。

案外な話、地区内に住んでいる未来部、青年部の誰かが、過去に知り合いだった「あの人やあの子」なのかもしれません…。
その身近な繰り返し(諸法)が、私たちの実相なのではないかと、そう考えるのです。

〇   〇   〇

さて…恥ずかしながら、義父は前大戦での特攻隊の生き残りでした。
飛行機がとても好きでした。
頭も非常に良かったのですが、何せうっとうしいほどのお喋りでした。
その事で妻は、父に対してはいつも不満を漏らしていました。

そんな彼も、今は地球の別の場所に移動しているはず。
そろそろ新たな生命が芽生えそうな気配でもあります…。

…今度生まれてくる時の彼は、お喋り好きの、そして飛行機趣味の女の子がいいかもしれません。
今からの時代、女性パイロットも普通になっている時代でしょうから…。


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Author: 乾河原

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